2005年政権公約の自己評価を細田幹事長が行った。その結果が昨日公表された。
「取り組み中、あるいは一部実施」がB評価で、全てB以上とのことである。
公約の議論では、2005年政権公約を実際に見る事が大事なので、下記ウェブサイトに掲載されているのでご確認頂きたい。
http://www.jimin.jp/jimin/jimin/2005_seisaku/120yakusoku/
中身を見ていただければ分かるが、そもそも公約が法律上の文言のように微妙な言い回しで書かれていて、解釈でどのようにでも逃げることが出来るものになっている。
たとえば一例として「地方分権」とあわせて「地方行政改革」を断行します、と言うくだりに関連して、「道州制導入の検討を促進」があるが、あくまで「検討の促進」が目的で、「導入の促進」ではない。4年経ったいまでも道州制の道筋すら固まっていないのに、検討を促進したということでB評価になっているのであろう。
また、「(導入検討の)先行的試みとしての北海道道州制特区を推進する」と言う文言がある。ここでも特区の検討が一度でも議論のテーブルにあがれば「推進」したことになる仕掛けとなっている。
勿論4年経ても特区の概念などは存在しない。
本来公約とは実現されるべきゴールの姿が具体的であってこそ初めて意味をなすものなのだが、実態は表面的な「美辞麗句」の言い回しに終始しているため、逃げ道が張り巡らされているから公約を実施したかどうかの議論がナンセンスなものになっている。
と言うことは、公約の検証のあり方は、単なる公約実施のレベルで留まるのではなく、現場で見えている、抱えている問題に対して、「あいまいな文言を掲げた」自民党は何をしてきたのかと言う率直な視点で評価をすべきだと思う。それは国民一人一人が審判を下すものなのだと思う。
そして、その審判を下すための判断材料は必要であろうからそれをこれから提供していきたい。
まず第一回は、郵政選挙の唯一の争点として取り上げられた「民営化」と言う言葉が目指した本丸が一体何だったか、そしてその他の公約も掲げられていたが、その議論はスキップして、国民への説明責任すら果たさずに、2/3議席の暴挙で我々の生活を蹂躙したものは何だったのか。これを追って見ていきたい。
まず、郵政民営化とは一言で言えば、本丸は340兆円の郵貯・かんぽのマネーを自由に運用できるようにすることで、それは「アメリカの年次改革要望書」で書かれた、アメリカの金融会社が運用したいという要求を、小泉政権が忠実に実現させたものなのだ。「民営化と改革」という華麗な言葉に多くの国民が騙された。
上記のことは言い換えれば、新自由主義とかマネー資本主義のもとで暗躍したサブプライムローンの嵐に勢いを付け、世界を100年に一度の金融危機・不況に引きずりこんだ元凶の片棒を担いだことになる。これは非常に大きな責任問題である。
そして、郵政民営化の争点に隠された、しかし非常に重大な影を我々の生活に投げかけることになる問題の部分は、
1. 三位一体改革: 地方補助金廃止と地方交付税見直し、一方で財源委譲を拒む構造のため財政破綻の地方自治体が続出。
2. 医療制度改革: 後期高齢者医療制度で老人医療費補助の削減と老人の貯金を吸い上げる構造を実施。「安心な生活」と言う言葉とは裏腹な仕打ちをしている。
また、産婦人科医、小児科医の減少を導き出し、多くのたらい回し失命という事態を生んだ。
さらに、医療機関での介護的・リハビリ用ベットが廃止されることになり、路頭迷う弱者が続出。
3. 介護保険制度改革: 介護レベル認定基準が引き下げられ、介護現場での介護要レベルとの乖離という問題など、介護システムの崩壊という危機に瀕している。
4. 年金制度: 年金システムの破綻を検知していたのに、表に出さずに、社会保険庁を廃止しすることで、闇から闇に葬ろうとした。
5. 非正規労働者対策: 対策はなされず、加えて「非正規」を広く認知させて、多くの安い労働力として潜在させる構造になり、結局今回の不況で多くの失業者を生み出した。
6. 肝心要の政治改革、国会改革、公務員制度改革、地方分権などが骨抜きのままである。天下りの改革も放置されてきた。なにが「郵政民営化」を突破口にして「改革断行」だ。
である。
これらの多くの問題を抱えながら、それに目を向けず、ただ2005年政権公約達成と自画自賛している自民党はやはり、国民のための政治をしていない。自民党議員が政治家でいられるための政治をしている。
ここに、自民党の問題の本質が・本丸がある。
次回以降これを見て行きたい。
2009年7月30日木曜日
2009年7月29日水曜日
自民党政権公約2009の前に郵政選挙の政権公約2005の審判を
国民も忘れてはならない、マスコミも論理をすり替えてはならないプロセスが、2009年衆院選挙の前にある。
それは日本が真に民主主義国家になるために欠くことが出来ない非常に重要なステップだ。
それは郵政選挙自民党政権公約2005をリセットしてはならないと言うことだ。何で今国民の生活が立ち行かなくなってきたのか、郵政選挙後4年間自公政権が実行してきたことが何で、その結果がどう今の状況に結びついているのか、自民党政権公約2005を検証して始めて、自民党政権公約2009を連続性の観点から見ることが出来るのだ。そもそも公約とはそう言う性格のものだ。
「人の噂も75日」的水に流す対応は断じてあってはならない。
まず、自民党政権公約2005にはキャッチフレーズとして「郵政民営化を突破口として、日本のあらゆる改革を加速させる」とあった。勿論、国費の無駄を削ると言うこともこめて「脱・役人天国」とも謳っていた。
しかし、4年間の実情はどうであったか。例えば橋下知事らが今もって「地方分権」を声高に言っているのは何故かを考えれば答えは出てくる。
明日以降順次仔細を検証をしていくが、郵政選挙とは一体なんだったのか。実はそこには大きな罪隠しが見て取れることが分かる。
ところで、本来マスコミのミッションは迎合的な話題をタブロイド紙的に取り上げるのではなく、事象を掘り下げるプロセスを行うべきなのだが、某Y新聞の「先進国最悪の赤字をどうする」の社説では、2009年マニフェストと絡める議論の中で、大きな誤りを犯していた。
財政再建を目指す方向を重要視するのは当然として、問題は何故そこまで肥大化したのかの議論があって始めて財政再建の道筋の議論ができると言うものだ。何故2009年末に債務残高がGDP比約170%と言う800兆円超えの巨額の財政赤字になっているのだ。
自民党政権公約2005で謳った2011までに基礎的財政収支の黒字化という公約の放棄を、一言「景気悪化で不可能」で片付けている。この検証は「味噌・糞」表層レベルでしかない。
「定額給付金」あるいは「約15兆円の追加財政出動」も赤字拡大の一翼であるが、800兆円はそれでは説明の付かない数字だし、仮に景気対策費用の嵩みが問題なら、当然費用対効果の議論に基づいて、臨時の財政支出がどのように税収に跳ね返ってくるかが言えなければ単に「穴を開けた」だけになってしまう。
そして少なくとも定額給付金の効果はコンビニ売上高・全国百貨店売上高の最近の数字の低迷、下落から見て税収アップ効果は甚だ疑わしい。
というわけで、まずこれまでの自公政権の政権運営の検証を、まず財政再建論議の前にすべきではないか。他の公約についても同じで、2009政権公約の前に検証すべき内容は沢山ある。
地に足の着いた議論をマスコミもして欲しい。
それは日本が真に民主主義国家になるために欠くことが出来ない非常に重要なステップだ。
それは郵政選挙自民党政権公約2005をリセットしてはならないと言うことだ。何で今国民の生活が立ち行かなくなってきたのか、郵政選挙後4年間自公政権が実行してきたことが何で、その結果がどう今の状況に結びついているのか、自民党政権公約2005を検証して始めて、自民党政権公約2009を連続性の観点から見ることが出来るのだ。そもそも公約とはそう言う性格のものだ。
「人の噂も75日」的水に流す対応は断じてあってはならない。
まず、自民党政権公約2005にはキャッチフレーズとして「郵政民営化を突破口として、日本のあらゆる改革を加速させる」とあった。勿論、国費の無駄を削ると言うこともこめて「脱・役人天国」とも謳っていた。
しかし、4年間の実情はどうであったか。例えば橋下知事らが今もって「地方分権」を声高に言っているのは何故かを考えれば答えは出てくる。
明日以降順次仔細を検証をしていくが、郵政選挙とは一体なんだったのか。実はそこには大きな罪隠しが見て取れることが分かる。
ところで、本来マスコミのミッションは迎合的な話題をタブロイド紙的に取り上げるのではなく、事象を掘り下げるプロセスを行うべきなのだが、某Y新聞の「先進国最悪の赤字をどうする」の社説では、2009年マニフェストと絡める議論の中で、大きな誤りを犯していた。
財政再建を目指す方向を重要視するのは当然として、問題は何故そこまで肥大化したのかの議論があって始めて財政再建の道筋の議論ができると言うものだ。何故2009年末に債務残高がGDP比約170%と言う800兆円超えの巨額の財政赤字になっているのだ。
自民党政権公約2005で謳った2011までに基礎的財政収支の黒字化という公約の放棄を、一言「景気悪化で不可能」で片付けている。この検証は「味噌・糞」表層レベルでしかない。
「定額給付金」あるいは「約15兆円の追加財政出動」も赤字拡大の一翼であるが、800兆円はそれでは説明の付かない数字だし、仮に景気対策費用の嵩みが問題なら、当然費用対効果の議論に基づいて、臨時の財政支出がどのように税収に跳ね返ってくるかが言えなければ単に「穴を開けた」だけになってしまう。
そして少なくとも定額給付金の効果はコンビニ売上高・全国百貨店売上高の最近の数字の低迷、下落から見て税収アップ効果は甚だ疑わしい。
というわけで、まずこれまでの自公政権の政権運営の検証を、まず財政再建論議の前にすべきではないか。他の公約についても同じで、2009政権公約の前に検証すべき内容は沢山ある。
地に足の着いた議論をマスコミもして欲しい。
2009年7月23日木曜日
反省と言う言葉で反省が了承される不思議な自民党
自民党は不思議な党だ。
ひところ「猿でも出来る反省」というキャッチフレーズが流行ったがそれを思わず思い出させる一こまが先ごろの自民党両院議員懇談会で公開された。それは以下だ。
麻生首相が「ブレた発言で、国民に不安と不信を与えて、党の結束を乱すことになり、申し訳ない」と陳謝し、それを受けて中川元幹事長が、反省を聞いてすっきりしたと言ったとかいわないとか。つまり全面的に麻生氏の反省を受け入れ、それで全てが水に流された。
この一連のやり取りって不思議だと思いませんか。
すべてが「反省と言う言葉」の記者会見だけで終わって、問題の本質が流されてしまう程、世の中って甘いだろうか。耐震偽装、事故米偽装などなど国民に不安と不信を与えた事件に対して、「不安を与えて済みません」とだけ言って許される話だろうか。
世の中の常識では、許される話ではない。だけど自民党では許される。
麻生首相の反省の対象になる内容は、指導力の欠如という個人的なレベルにとどまらず、日本の内外に麻生政権の政治レベルの低さとそれを許す国民の政治レベルの低さをアピールしたと言う、国益に関わる問題なのだ。
何故発言がブレているのか?ここに踏み込まずして、何が反省なのか。そして、問題の本質を追求するという姿勢の無い自民党の姿は、とどのつまりの中川氏の言動に集約されている。そしてこれはとりもなおさず、安倍、福田両首相を圧倒的多数で選出しておきながら、1年で政権放棄をした両氏の問題を総括してこなかった自民党の本質にしっかりと繋がっているのが見て取れるのだ。
このようないい加減な政治を許すことなく、我々国民は政党政治を力強いものに育てていく責任がある。誰のために政治をするのかと言う原点を忘れて、権力に胡坐をかく議員が多すぎる。今回の衆院選挙はまさに、政治の原点に戻るための選挙だと思う。
ひところ「猿でも出来る反省」というキャッチフレーズが流行ったがそれを思わず思い出させる一こまが先ごろの自民党両院議員懇談会で公開された。それは以下だ。
麻生首相が「ブレた発言で、国民に不安と不信を与えて、党の結束を乱すことになり、申し訳ない」と陳謝し、それを受けて中川元幹事長が、反省を聞いてすっきりしたと言ったとかいわないとか。つまり全面的に麻生氏の反省を受け入れ、それで全てが水に流された。
この一連のやり取りって不思議だと思いませんか。
すべてが「反省と言う言葉」の記者会見だけで終わって、問題の本質が流されてしまう程、世の中って甘いだろうか。耐震偽装、事故米偽装などなど国民に不安と不信を与えた事件に対して、「不安を与えて済みません」とだけ言って許される話だろうか。
世の中の常識では、許される話ではない。だけど自民党では許される。
麻生首相の反省の対象になる内容は、指導力の欠如という個人的なレベルにとどまらず、日本の内外に麻生政権の政治レベルの低さとそれを許す国民の政治レベルの低さをアピールしたと言う、国益に関わる問題なのだ。
何故発言がブレているのか?ここに踏み込まずして、何が反省なのか。そして、問題の本質を追求するという姿勢の無い自民党の姿は、とどのつまりの中川氏の言動に集約されている。そしてこれはとりもなおさず、安倍、福田両首相を圧倒的多数で選出しておきながら、1年で政権放棄をした両氏の問題を総括してこなかった自民党の本質にしっかりと繋がっているのが見て取れるのだ。
このようないい加減な政治を許すことなく、我々国民は政党政治を力強いものに育てていく責任がある。誰のために政治をするのかと言う原点を忘れて、権力に胡坐をかく議員が多すぎる。今回の衆院選挙はまさに、政治の原点に戻るための選挙だと思う。
2009年7月20日月曜日
国際政治でもメッセージの出せない麻生政権
廃案に追い込まれることになった「北朝鮮貨物検査特別措置法案」について、廃案になったからこそ逆に浮かび上がった政府・自民党の真意の不透明さが見えてくる。そして本来なら北朝鮮の核実験に対する強い「核不拡散のメッセージ」をラクイラサミットで出すべきだったのに出せない自公政権の問題も改めて見えて来たと言うべきだろう。
以下検証する。
自民党は「北朝鮮貨物検査特別措置法案」の廃案を民主党の参院での審議不同意によるものと非難の口実に使ったが、実は政府与党自体もこの法案の成立に本腰を入れてはいなかったということが、国連安全保障理事会での北朝鮮制裁決議1874が採択されてからの一連の動きの中で見えてきたからだ。
そもそも北朝鮮制裁決議1874が何物であるか、今一度整理しておこう。
これは北朝鮮の2度目の核実験に対して取られた措置である。ここで強調すべきことは、この制裁は「核拡散の抑止」という本筋を実効的に進めていくことを狙ったものである、ということである。
そこで、制裁決議には大きく2つの内容が盛り込まれようとした。北朝鮮船舶への公海での「臨検」強化策と金融制裁である。
しかし、北朝鮮船舶への公海「臨検」強化策は、中国の反対で、「義務化」でなく「要請」となった。この時点で、この措置の実効性が弱められた。臨検は戦闘行為に結びつく危険性が高いためだ。
一方、核・ミサイル開発に関連する貿易の決済を封ずる、北朝鮮の組織・個人への資産凍結などの金融制裁強化策は、実は重要な措置であると言う認識で一致していた。1874決議採択後30日以内に追加の措置を決定する制裁委員会でもこの追加措置案を決め、中国も同意することになった。勿論日本政府もこの措置案を推進してきた。この追加措置は北朝鮮高官の渡航禁止にまで踏み込んでおり、色々な意味で制裁の実効性が期待されている。
このように見てくると、もし日本政府が本気で「臨検」を推進したいのなら、ラクイラサミットで米国とともに中国・ロシアを説得する行為に出るべきだったと思うが、そのようなアクションを麻生首相は一切取らなかった。取れなかったと言うべきかも知れない。
それどころか、オバマ大統領がサミットで「核兵器無き世界」に向けた包括戦略の支持を訴え、支持を取り付けたのに対して、麻生首相は何をやったと言うのだ。唯一の被爆国である日本が国際舞台でメッセージも出せずに、ただただ臨検を進めようとしたとなると一体日本は何を考えているのかと言うことになりはしないだろうか。
今回の廃案は、そのような不透明さを抱えたままの審議であったということが図らずも露呈されることになったと言うべきではないだろうか。
さて日本国内に目を向けると、ラクイラサミットで国益を損ねた政権を信任する自公両党という構図になり、自公両党はますます何を考えているのか分からない、と言うことになる。
もういい加減、表面的なレベルに留まっている政治はやめにして欲しい。
以下検証する。
自民党は「北朝鮮貨物検査特別措置法案」の廃案を民主党の参院での審議不同意によるものと非難の口実に使ったが、実は政府与党自体もこの法案の成立に本腰を入れてはいなかったということが、国連安全保障理事会での北朝鮮制裁決議1874が採択されてからの一連の動きの中で見えてきたからだ。
そもそも北朝鮮制裁決議1874が何物であるか、今一度整理しておこう。
これは北朝鮮の2度目の核実験に対して取られた措置である。ここで強調すべきことは、この制裁は「核拡散の抑止」という本筋を実効的に進めていくことを狙ったものである、ということである。
そこで、制裁決議には大きく2つの内容が盛り込まれようとした。北朝鮮船舶への公海での「臨検」強化策と金融制裁である。
しかし、北朝鮮船舶への公海「臨検」強化策は、中国の反対で、「義務化」でなく「要請」となった。この時点で、この措置の実効性が弱められた。臨検は戦闘行為に結びつく危険性が高いためだ。
一方、核・ミサイル開発に関連する貿易の決済を封ずる、北朝鮮の組織・個人への資産凍結などの金融制裁強化策は、実は重要な措置であると言う認識で一致していた。1874決議採択後30日以内に追加の措置を決定する制裁委員会でもこの追加措置案を決め、中国も同意することになった。勿論日本政府もこの措置案を推進してきた。この追加措置は北朝鮮高官の渡航禁止にまで踏み込んでおり、色々な意味で制裁の実効性が期待されている。
このように見てくると、もし日本政府が本気で「臨検」を推進したいのなら、ラクイラサミットで米国とともに中国・ロシアを説得する行為に出るべきだったと思うが、そのようなアクションを麻生首相は一切取らなかった。取れなかったと言うべきかも知れない。
それどころか、オバマ大統領がサミットで「核兵器無き世界」に向けた包括戦略の支持を訴え、支持を取り付けたのに対して、麻生首相は何をやったと言うのだ。唯一の被爆国である日本が国際舞台でメッセージも出せずに、ただただ臨検を進めようとしたとなると一体日本は何を考えているのかと言うことになりはしないだろうか。
今回の廃案は、そのような不透明さを抱えたままの審議であったということが図らずも露呈されることになったと言うべきではないだろうか。
さて日本国内に目を向けると、ラクイラサミットで国益を損ねた政権を信任する自公両党という構図になり、自公両党はますます何を考えているのか分からない、と言うことになる。
もういい加減、表面的なレベルに留まっている政治はやめにして欲しい。
政治の停滞は国際的視点で損失
今の政治危機は、「誰のために政治をするのか・国会議員の立ち位置は何処か」と言う政治のイロハが分かっていない、考えていない議員が多すぎると言うことに尽きると思う。特に自民・公明両党は最低だ。
今回の内閣不信任案の全員否決行動とその後の自民党両院議員総会を巡る一連のごたごたは、はっきり言って「目先の保身行動」以外の何物でもない。信任しておきながら「見栄えの悪い」麻生首相を変えようと言う思考は、安倍・福田・麻生氏を首相に大多数で選出しておきながら、自己批判も総括も出来ずに、「これがだめならあれ」と言う、モグラ叩き的近視眼的な思考方法の延長に過ぎない。
一方で、署名を切り崩して両院議員総会を流会にした自民執行部の視点も、如何にお家騒動を抑えるかと言う点、一点に尽きる。
この間、国民は無為に、無策の自公政権の時間の浪費にお付き合いをさせられている。しかも自民・公明両党の先生方に税金を払っている。
我々はこの無駄のために、税金を払っているのであろうか。代議士として国政を託しているのだろうか。経済・国際情勢は日々変わっていく中で、無策以上に実は大きな損失を被っていると言う事実にどうして目を向けないのだろう。解散を引き伸ばし、引き伸ばし、挙句の果てに無駄な内紛。、「誰のために政治をするのか・国会議員の立ち位置は何処か」分からない今の自民・公明両党には立候補する資格すらないと言われても仕方が無いのではないだろうか。
我々国民もよく考えて日本を変えるように一票を投じる必要がある。
今回の内閣不信任案の全員否決行動とその後の自民党両院議員総会を巡る一連のごたごたは、はっきり言って「目先の保身行動」以外の何物でもない。信任しておきながら「見栄えの悪い」麻生首相を変えようと言う思考は、安倍・福田・麻生氏を首相に大多数で選出しておきながら、自己批判も総括も出来ずに、「これがだめならあれ」と言う、モグラ叩き的近視眼的な思考方法の延長に過ぎない。
一方で、署名を切り崩して両院議員総会を流会にした自民執行部の視点も、如何にお家騒動を抑えるかと言う点、一点に尽きる。
この間、国民は無為に、無策の自公政権の時間の浪費にお付き合いをさせられている。しかも自民・公明両党の先生方に税金を払っている。
我々はこの無駄のために、税金を払っているのであろうか。代議士として国政を託しているのだろうか。経済・国際情勢は日々変わっていく中で、無策以上に実は大きな損失を被っていると言う事実にどうして目を向けないのだろう。解散を引き伸ばし、引き伸ばし、挙句の果てに無駄な内紛。、「誰のために政治をするのか・国会議員の立ち位置は何処か」分からない今の自民・公明両党には立候補する資格すらないと言われても仕方が無いのではないだろうか。
我々国民もよく考えて日本を変えるように一票を投じる必要がある。
2009年7月13日月曜日
許すな、解散の私物化という民主主義の冒瀆を
都議選の結果が昨日でた。その他の地方自治体での知事選、市長選の結果もこれまで全国各地で出てきた。
その結果については既に国民の皆様にとっては衆知のことと思います。
しかし、残念なことにその結果の持つ意味が分からない自民党、公明党の幹部の方々が沢山いる。
いやそれが分からないどころか、その国民の審判に対して、今彼らがやろうとしていることは何を隠そう、「解散」の私物化だ。 国政を自分たちのおもちゃにし、私物化している。
議会制民主主義の日本は選挙によって、民意の代表者を選び、国民自らが権力行使する代わりに、自らの権力の行使をその代表者に託すと言う代議制である。それは地方政治も国政も同じ事で、特に現在のように地方自治の独自性が弱い中央集権体制下では、地方自治体の選挙結果は強く国政の歪を反映すると言う道理になっている。
そして、これまでの地方選挙の結果および世論調査の結果は、自公政権に権力行使を託したくないと言うことなのだ。自分たちの意を体現してもらう代表者を変えたいと言うことなのだ。
本来の民主主義なら、既に代表者たる代議士の資格が問題となっている以上、その審判を国政において速やかに問うというのが筋である。だが実態はその民意を無視し、お家の事情で動いている。これが私物化以外の何だと言うのだ。民主主義への冒瀆だ。
とにかくあほらしいことに、自民党・公明党の幹部の面々は地方選挙結果は国政と関係ないとまで言いながら、昨今の首長連合の地方自治の分権要求に対して、ごもっともと言っている矛盾が分かっていない。つまりご都合主義でどうでもいいのだ。
議会制民主主義も分からず、ご都合主義と私物化で政治をし、民意を黙殺している現状に何の危機感も無く、マンネリで政治をしていることこそが自民党・公明党の問題の本質だと言うことも分かっていない。
この極めつけの他のいい例が、先の郵政選挙で刺客を立てられ、野に下った人間を何の理念も無く、自民党に復党させるし、復党する論理は、既にして自民党代議士の資格とは何かと言う根源的な問題にぶち当たっている。こんないい加減な政党に政治を託すことが出来るだろうか。
その結果については既に国民の皆様にとっては衆知のことと思います。
しかし、残念なことにその結果の持つ意味が分からない自民党、公明党の幹部の方々が沢山いる。
いやそれが分からないどころか、その国民の審判に対して、今彼らがやろうとしていることは何を隠そう、「解散」の私物化だ。 国政を自分たちのおもちゃにし、私物化している。
議会制民主主義の日本は選挙によって、民意の代表者を選び、国民自らが権力行使する代わりに、自らの権力の行使をその代表者に託すと言う代議制である。それは地方政治も国政も同じ事で、特に現在のように地方自治の独自性が弱い中央集権体制下では、地方自治体の選挙結果は強く国政の歪を反映すると言う道理になっている。
そして、これまでの地方選挙の結果および世論調査の結果は、自公政権に権力行使を託したくないと言うことなのだ。自分たちの意を体現してもらう代表者を変えたいと言うことなのだ。
本来の民主主義なら、既に代表者たる代議士の資格が問題となっている以上、その審判を国政において速やかに問うというのが筋である。だが実態はその民意を無視し、お家の事情で動いている。これが私物化以外の何だと言うのだ。民主主義への冒瀆だ。
とにかくあほらしいことに、自民党・公明党の幹部の面々は地方選挙結果は国政と関係ないとまで言いながら、昨今の首長連合の地方自治の分権要求に対して、ごもっともと言っている矛盾が分かっていない。つまりご都合主義でどうでもいいのだ。
議会制民主主義も分からず、ご都合主義と私物化で政治をし、民意を黙殺している現状に何の危機感も無く、マンネリで政治をしていることこそが自民党・公明党の問題の本質だと言うことも分かっていない。
この極めつけの他のいい例が、先の郵政選挙で刺客を立てられ、野に下った人間を何の理念も無く、自民党に復党させるし、復党する論理は、既にして自民党代議士の資格とは何かと言う根源的な問題にぶち当たっている。こんないい加減な政党に政治を託すことが出来るだろうか。
2009年7月11日土曜日
国民の勢いで国会に津波を!Yes We Can!
目指せ、ブレ無い政治、投げ出さない政治、やりっぱなしにしない政治!!
日馬富士が横綱を目指す名古屋場所のように、また西郷さんが江戸城総攻撃の御旗を立てたときのように、勢いが巨大な力の塊となって押し進んで行く時がある。
今まさに政治の世界で、巨大な「国民に貯まった社会の歪のエネルギー」が津波のように解き放たれようとしている。
もはや何人も止められない。さあ、力を合わせよう!
ブレる麻生首相、途中投げ出しの福田、安倍両首相、痛みを伴う改革と称して受け皿を作らずやりっぱなしの小泉首相。この4年間の自公政権は、確実に我々の生活基盤の崩壊、社会基盤の崩壊、雇用・産業基盤の崩壊を放置してきた。
そして、天下るだけで巨額の財を手にする不公平さ、社会を支えるべき税金が無駄に消える仕組み、半年前の過去最高の企業利益が還元されない不透明さに対し手をこまねいている。
これらは生活格差、地方格差として目に見える形で現れてきている。自公政権は懺悔すべきだ。
しかし、自公政権は抜本的改革が出来ないという構造的問題を抱えている。加えて解散をせず、お家事情で動いているから、議員ひとり一人も、そして自公政権も選挙のことだけで頭がいっぱいでいつまで経っても腰の座った政治が出来ない。G8サミットでも海外からは足元を見透かされているために国際政治の力が発揮できず、国益を損なうことを麻生首相はやりのけた。
不良債権を放置すると負債が雪だるま式に膨張し手の施しようがなくなるのと同じように、政治負債の放置も手の施しようが無くなる。この危機に瀕しているのが、今の日本だ。
自民党内には、またしても選挙の顔のための新しい総裁を選ぶだとか、総辞職をして新しい閣僚の顔ぶれにするだとか、とにかく姑息なことをやろうとしている。これこそお家騒動だ。懺悔もせずにだ。許してはいけない。
国民は自公政権の負の遺産を早く清算させるよう声を上げるべきだ。そして受け皿として民主党に改革の旗手を任せる2大政党化の為の、大人の一歩を踏み出すべきだ。官僚任せの自公議員に比べ政策通の議員が多い民主党は頭を使った政治をやろうとしている。
国民はしっかりと監視を強めて行こう。
日馬富士が横綱を目指す名古屋場所のように、また西郷さんが江戸城総攻撃の御旗を立てたときのように、勢いが巨大な力の塊となって押し進んで行く時がある。
今まさに政治の世界で、巨大な「国民に貯まった社会の歪のエネルギー」が津波のように解き放たれようとしている。
もはや何人も止められない。さあ、力を合わせよう!
ブレる麻生首相、途中投げ出しの福田、安倍両首相、痛みを伴う改革と称して受け皿を作らずやりっぱなしの小泉首相。この4年間の自公政権は、確実に我々の生活基盤の崩壊、社会基盤の崩壊、雇用・産業基盤の崩壊を放置してきた。
そして、天下るだけで巨額の財を手にする不公平さ、社会を支えるべき税金が無駄に消える仕組み、半年前の過去最高の企業利益が還元されない不透明さに対し手をこまねいている。
これらは生活格差、地方格差として目に見える形で現れてきている。自公政権は懺悔すべきだ。
しかし、自公政権は抜本的改革が出来ないという構造的問題を抱えている。加えて解散をせず、お家事情で動いているから、議員ひとり一人も、そして自公政権も選挙のことだけで頭がいっぱいでいつまで経っても腰の座った政治が出来ない。G8サミットでも海外からは足元を見透かされているために国際政治の力が発揮できず、国益を損なうことを麻生首相はやりのけた。
不良債権を放置すると負債が雪だるま式に膨張し手の施しようがなくなるのと同じように、政治負債の放置も手の施しようが無くなる。この危機に瀕しているのが、今の日本だ。
自民党内には、またしても選挙の顔のための新しい総裁を選ぶだとか、総辞職をして新しい閣僚の顔ぶれにするだとか、とにかく姑息なことをやろうとしている。これこそお家騒動だ。懺悔もせずにだ。許してはいけない。
国民は自公政権の負の遺産を早く清算させるよう声を上げるべきだ。そして受け皿として民主党に改革の旗手を任せる2大政党化の為の、大人の一歩を踏み出すべきだ。官僚任せの自公議員に比べ政策通の議員が多い民主党は頭を使った政治をやろうとしている。
国民はしっかりと監視を強めて行こう。
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