このブログのテーマは、歴史にも経済にもどこまでも無知な政治家が一端の政治家ぶって発言をしている危機的状況に喝を入れる事だ。
石原新自民党幹事長は、先に財政健全化路線の菅政権となら一緒にやっていけるというような趣旨の発言をした。この発言は二つの点で物議をかもすだろう。
まず、第一は自民党が財政健全化路線を掲げたことだ。
9月6日付けのNYタイムズに乗ったクルーグマン教授のコラムをよく読んでみるべきだ。歴史が証明した、1938年当時とった誤った経済政策を、米国は再び繰り返しているというのだ。教授はいま支配的である、財政赤字を削減すべき時だという議論が誤りであると、歴史の教訓に基づいて指摘している。当時の世論調査が、景気の落ち込みを防ぐための政府の財政支出に対してNOと63%が答えた。そして事業税の引き下げを選択したというのだ。しかし、その選択が誤りで、大幅な景気後退を引き起こした。そして戦争が始まった。経済的な教訓は経済が大きく落ち込んだ時には、財政的な厳格さは自滅を招くことになると結論付けている。そして現在の不況を克服するには知性の明晰さと多くの「政治的な意志」だとも指摘している。
菅も同じ間違いの方向に向かっている。
第二の物議は、菅と同調するシグナルを出して、民主党の代表選で小沢を退けようとする浅知恵だ。これは何を隠そう、小沢が総理になったら自民党復権の目が潰されるのが分かっていて怖いのだ。逆に言えば菅なら容易に政権の行き詰まりを引き起こすことができ、返り咲けるという取らぬ狸の皮算用が見え見えなのだ。菅も見くびられたものだ。そして民主党はこの菅を総理にしようとしている。何と愚かなことか。
ここは自民党と一線を画し、馬鹿の一つ覚えで「政治と金」しかいえぬ自民党を粉砕するくらいの気概を持たずして、政治家の意志など行使できるはずがない。
目を覚ませ、民主党。
2010年9月11日土曜日
事なかれ主義に汚染された菅陣営
このブログのテーマは憂国の危機に、「覇気」と「利他的な心」を持った人間が真に必要であることを、再認識していただくものである。前のブログにも取り上げた坂本竜馬には「光と影」があるだろうが、上記の意思を持って歴史を変えて行った人物である。
では、14日に迫った民主党代表選で優位が伝えられている菅陣営はこの憂国の危機に立ち向かうことが出来るのだろうか。代表選の終盤という切羽詰った状況の中に、実は先頭に立つ人間の、そして組織の本性が見えてくるのである。
菅陣営は、マスコミが作り上げた虚構「政治と金」で世論を見方につけたと標榜し、それを傘に「皆でわたれば怖くない的」心理作戦で票の上澄みを図っているようだ。
しかしよく考えてみよう、この精神は「日和見主義」そのものではないか。これまでブログで指摘してきたが、この日和見主義は菅直人の言葉そのものでもある。そしてその言葉に乗せられて菅支持を表明する、閣僚、議員、サポータは迎合主義以外の何物でもない。
こんな連中に憂国の危機に立ち向かう「覇気」と「利他心」があるといえるのか。これこそ腐った政治家そのものではないか。
政治家が「キャッチフレーズ」の表面的な言葉しか語れないなら、政治家をやめたほうがいい。官僚組織は、どのようなものであれ現在の仕組みの中で最大限の成果と効率を追求する組織だが、政治家は組織の仕組みや社会の構造を、時代の流れ、要求に合うように変えていくのが責務だ。腐った政治家には口先では変革と言っても何も出来ない。何故なら、深い歴史考証と哲学が無いからだ。
「政治と金」の話もよく考えてみれば、具体的な事実を何処まで知った上でその文言を口にしているのだろうか。「検察の作文」「マスコミの作文」以外に実は国民は具体的事実を知らないのではないか。でも、インタビューとかアンケートで、知ったかぶりで発言している。国会議員においてすら、その有様だ。昨日村木さんの無罪判決が出たが、まさに作り上げられた「作文」「虚構」で世の中が動き、それが否定されたわけだが、この間の無駄な時間を強いた構造に何の切込みもない。おかしくないか?
政治が怠慢だからこんなおかしなことが起きても事なかれ主義がまかり通る。
菅の参院選での「消費税発言」騒動、そして代表選での「雇用対策発言」、どれをとっても具体的な考察をせずに「キャッチフレーズ」で誤魔化そうした典型的な例だ。まさに怠慢政治家だ。雇用は企業業績が向上して初めて生まれるもので、持続的成長社会構造にするために何が必要か、具体策がない。でも首相の座に座り続けたいという厚顔さ。
こんな魂の政治家及び菅陣営に日本を任せられるか?
では、14日に迫った民主党代表選で優位が伝えられている菅陣営はこの憂国の危機に立ち向かうことが出来るのだろうか。代表選の終盤という切羽詰った状況の中に、実は先頭に立つ人間の、そして組織の本性が見えてくるのである。
菅陣営は、マスコミが作り上げた虚構「政治と金」で世論を見方につけたと標榜し、それを傘に「皆でわたれば怖くない的」心理作戦で票の上澄みを図っているようだ。
しかしよく考えてみよう、この精神は「日和見主義」そのものではないか。これまでブログで指摘してきたが、この日和見主義は菅直人の言葉そのものでもある。そしてその言葉に乗せられて菅支持を表明する、閣僚、議員、サポータは迎合主義以外の何物でもない。
こんな連中に憂国の危機に立ち向かう「覇気」と「利他心」があるといえるのか。これこそ腐った政治家そのものではないか。
政治家が「キャッチフレーズ」の表面的な言葉しか語れないなら、政治家をやめたほうがいい。官僚組織は、どのようなものであれ現在の仕組みの中で最大限の成果と効率を追求する組織だが、政治家は組織の仕組みや社会の構造を、時代の流れ、要求に合うように変えていくのが責務だ。腐った政治家には口先では変革と言っても何も出来ない。何故なら、深い歴史考証と哲学が無いからだ。
「政治と金」の話もよく考えてみれば、具体的な事実を何処まで知った上でその文言を口にしているのだろうか。「検察の作文」「マスコミの作文」以外に実は国民は具体的事実を知らないのではないか。でも、インタビューとかアンケートで、知ったかぶりで発言している。国会議員においてすら、その有様だ。昨日村木さんの無罪判決が出たが、まさに作り上げられた「作文」「虚構」で世の中が動き、それが否定されたわけだが、この間の無駄な時間を強いた構造に何の切込みもない。おかしくないか?
政治が怠慢だからこんなおかしなことが起きても事なかれ主義がまかり通る。
菅の参院選での「消費税発言」騒動、そして代表選での「雇用対策発言」、どれをとっても具体的な考察をせずに「キャッチフレーズ」で誤魔化そうした典型的な例だ。まさに怠慢政治家だ。雇用は企業業績が向上して初めて生まれるもので、持続的成長社会構造にするために何が必要か、具体策がない。でも首相の座に座り続けたいという厚顔さ。
こんな魂の政治家及び菅陣営に日本を任せられるか?
2010年9月8日水曜日
菅首相の失格宣言
このブログのテーマは憂国の危機に、菅直人が首相であること自体が歴史の汚点とならないよう、警鐘を鳴らすあなたの鐘を突くことです。
1. 資質の欠如: 論語も言う「徳の無い」政治家は政を為すことが出来ない。色々な傷をお持ち様だが、最近の言動では、「政治での数」を否定した発言に見て取れる。民主党が昨年政権を取れたのは「数」の恩恵によるわけで、都合の良い時には「数」を称え、一方で代表選では古い政治という印象と小沢批判を結びつけるために「数」を使う。ご都合主義者に難局に向かう資格なし。
2. 公人の欠如: 政治家は公人でなければならない。政治に口出しをする菅伸子は内助の功を越えた、裏の首相のようなものだ。これを諌めることが出来ない菅直人は公私のけじめがつけられない。
3. 具体的思考の欠如: これについてもあちらこちらで目に付くことであるが、最近の事例では、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と絶叫しているが、なんら具体的な経済対策が打ち出せていない。どのように雇用を創出して、社会も企業も活性させるかが問われているのに、お題目だけ。それなら誰でも言えることだ。その証拠に絶叫を横目に、スズキがインドに完成車の新工場建設に逃げ出した。
4. 小泉劇場の出し殻を超えられない創造性の欠如: 政治には創造性が必須である。温故知新。しかし、菅直人の政治手法は「市民運動家」から脱皮できず、表層的イメージで世論操作をすることだけである。例えば薬害エイズ対策の論功で過去のイメージを訴えるだけで、では今首相として何をやるかは「語れない」。また「クリーン」という曖昧な定義の言葉を多用するが、政治に恥部はつき物だし、全て透明にして日本の安全保障交渉が出来るか。ここでも二枚舌、三枚舌を使う「不都合な事実」。
5. 安全保障を軍事的安全保障としか考えられない政治音痴: 安全保障の対象には、軍事、資源、食糧、技術、文化、金融などがある。感度高く内政外交を切り盛りすべき立場にあるが、そのような発言も無ければ施策も打ち出せていない。
6. 覚悟の欠如: 発言がころころ変わる。覚悟の無い思いつきで動いているからだ。お遍路さんも途中で「やった気」になり放棄するいい加減さ。
坂本竜馬が日本を守る、日本を変えるために命を賭けて戦っていたのに、奇兵隊気取りの菅直人は歴史にどのような汚点を残したいのだろう。
1. 資質の欠如: 論語も言う「徳の無い」政治家は政を為すことが出来ない。色々な傷をお持ち様だが、最近の言動では、「政治での数」を否定した発言に見て取れる。民主党が昨年政権を取れたのは「数」の恩恵によるわけで、都合の良い時には「数」を称え、一方で代表選では古い政治という印象と小沢批判を結びつけるために「数」を使う。ご都合主義者に難局に向かう資格なし。
2. 公人の欠如: 政治家は公人でなければならない。政治に口出しをする菅伸子は内助の功を越えた、裏の首相のようなものだ。これを諌めることが出来ない菅直人は公私のけじめがつけられない。
3. 具体的思考の欠如: これについてもあちらこちらで目に付くことであるが、最近の事例では、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と絶叫しているが、なんら具体的な経済対策が打ち出せていない。どのように雇用を創出して、社会も企業も活性させるかが問われているのに、お題目だけ。それなら誰でも言えることだ。その証拠に絶叫を横目に、スズキがインドに完成車の新工場建設に逃げ出した。
4. 小泉劇場の出し殻を超えられない創造性の欠如: 政治には創造性が必須である。温故知新。しかし、菅直人の政治手法は「市民運動家」から脱皮できず、表層的イメージで世論操作をすることだけである。例えば薬害エイズ対策の論功で過去のイメージを訴えるだけで、では今首相として何をやるかは「語れない」。また「クリーン」という曖昧な定義の言葉を多用するが、政治に恥部はつき物だし、全て透明にして日本の安全保障交渉が出来るか。ここでも二枚舌、三枚舌を使う「不都合な事実」。
5. 安全保障を軍事的安全保障としか考えられない政治音痴: 安全保障の対象には、軍事、資源、食糧、技術、文化、金融などがある。感度高く内政外交を切り盛りすべき立場にあるが、そのような発言も無ければ施策も打ち出せていない。
6. 覚悟の欠如: 発言がころころ変わる。覚悟の無い思いつきで動いているからだ。お遍路さんも途中で「やった気」になり放棄するいい加減さ。
坂本竜馬が日本を守る、日本を変えるために命を賭けて戦っていたのに、奇兵隊気取りの菅直人は歴史にどのような汚点を残したいのだろう。
2010年9月4日土曜日
菅氏の偽装政治を暴く
このブログのテーマは菅直人の政治が偽装政治であることを皆さんとみることである。
今の日本が抱えている諸問題は、整理すると
① 硬直化した社会構造
② 老齢化の人口構成
③ 筋肉質でない教育
④ 内向きマインドの企業
⑤ 自立独立性が欠如した外交
などに起因しているだろう。
これらの問題の根底には、「官僚主導の政策立案と形骸化した政治家」があると、これまで指摘されてきた。
また、移ろいやすい世論を操作し、それを背に正当性を標榜する、ポピュリズムを利用した「劇場型政治」もこれらの構造問題の本質から目を逸らさせてきた。
昨年の衆議院選挙では、その修正を謳った民主党が勝利したわけだが、あれから1年が経ち、政策実現の凸凹という近視眼的な視点でなく、国のリストラという小手先でない太い変革がどういう状況にあるか、厳に民主党は見つめなおすべきである。
その目で現首相である菅氏の言動を先の参議院選挙活動、そして昨今の代表選挙での活動で追跡してみると、太い変革を推し進める政治家とは程遠い姿が浮き上がってくる。
1. 移ろいやすい民衆感覚・感情を世論と読み違えて発言がぶれる、信念の無い政治家。
具体的には、
(ア) 10%消費税の議論で、数字の根拠を自民党案に便乗することによりいつでも逃げられるようにする姑息さ
(イ) 風当たりが強くなると、弱者への配慮と称して還付を言い始め、しかも思いつき発言を繰り返す覚悟のなさ
(ウ) 代表戦に向けた新人議員への政治姿勢説明会で、3年後の衆参同時選挙などを口走る、戦略性のなさ
(エ) そして目指す変革の道筋を具体的に示せずに、ただ3年やりたいという無策さ
数え上げたらきりが無い。
2. 首相の座を競う代表選選挙活動で、首相の座、継続の『正統性』を、移ろいやすい民衆感覚に訴え、市民活動の延長の民主主義で埋め合わせをしようとする政治家としての勘違いと、小泉型ポピュリズムを否定した過去との自己矛盾に気づかない政治家。
つまり、一介の市民運動家から脱皮できていない器の小さい政治家。
例えば、
(ア) 代表戦がスタートする前、思いつきと小手先の政治活動として中小企業現場視察に行ったり、市民との対話をしたりと、マスコミ受けとパフォーマンスのみに頭を使い、腰の据わったゆるぎない政策実行・提案が出来ていない。
(イ) これらが見透かされて円高が止まらない。本質的な問題解決策を模索できない。
3. 「政治と金」の裏返しでクリーンさを訴えるあまり、政治手法を矮小化している政治家。
具体的には、
(ア) 3人寄れば文殊の知恵でもあるが、同時に政治が必要になるのが現実である。全て奇麗事で済むなら政治は不要である。「理」は必要であるが「利」も絡んでくる。政治はそもそも泥臭いものである。野党なら言うだけなので泥を被る必要は無いが、政府与党になっても、依然として泥にまみれた覚悟ある政治が出来ていない。クリーンな姿を訴えるあまり、逆に純粋培養的な器の小ささを露呈している。(イ) ひ弱さを外交でも見透かされて、対中国レアメタル交渉や対米経済交渉で行き詰まっているにも拘らず、強かな交渉を指示できていない。
以上は菅直人の本質をあぶりだす一例であるが、はっきり言って昨年国民が託した変革の担い手としては小さすぎる。所詮野党の党首止まりである。
このような菅直人を、頭のいい、しかも太い精神を持ち合わせている前原氏や蓮舫氏が推挙する理由が分からない。もし小沢怖しで動いているならまちがいで、むしろ小沢氏の中に飛び込んでいって、どろどろと変えていくべきだ。今の国難に対処できるのは小沢一郎だろう。彼にはどくどくしさがあるが、それは見かけのクリーンさだけで生きてきたわけではないことの証しでもある。
国民も、自らの生活でどろどろとした局面を実際に経験しているであろうし、「利」で動いている己の姿も知っているであろう。
今の日本に必要な政治はクリーンだけでいいのか、しっかりと考えるべきだ。
今の日本が抱えている諸問題は、整理すると
① 硬直化した社会構造
② 老齢化の人口構成
③ 筋肉質でない教育
④ 内向きマインドの企業
⑤ 自立独立性が欠如した外交
などに起因しているだろう。
これらの問題の根底には、「官僚主導の政策立案と形骸化した政治家」があると、これまで指摘されてきた。
また、移ろいやすい世論を操作し、それを背に正当性を標榜する、ポピュリズムを利用した「劇場型政治」もこれらの構造問題の本質から目を逸らさせてきた。
昨年の衆議院選挙では、その修正を謳った民主党が勝利したわけだが、あれから1年が経ち、政策実現の凸凹という近視眼的な視点でなく、国のリストラという小手先でない太い変革がどういう状況にあるか、厳に民主党は見つめなおすべきである。
その目で現首相である菅氏の言動を先の参議院選挙活動、そして昨今の代表選挙での活動で追跡してみると、太い変革を推し進める政治家とは程遠い姿が浮き上がってくる。
1. 移ろいやすい民衆感覚・感情を世論と読み違えて発言がぶれる、信念の無い政治家。
具体的には、
(ア) 10%消費税の議論で、数字の根拠を自民党案に便乗することによりいつでも逃げられるようにする姑息さ
(イ) 風当たりが強くなると、弱者への配慮と称して還付を言い始め、しかも思いつき発言を繰り返す覚悟のなさ
(ウ) 代表戦に向けた新人議員への政治姿勢説明会で、3年後の衆参同時選挙などを口走る、戦略性のなさ
(エ) そして目指す変革の道筋を具体的に示せずに、ただ3年やりたいという無策さ
数え上げたらきりが無い。
2. 首相の座を競う代表選選挙活動で、首相の座、継続の『正統性』を、移ろいやすい民衆感覚に訴え、市民活動の延長の民主主義で埋め合わせをしようとする政治家としての勘違いと、小泉型ポピュリズムを否定した過去との自己矛盾に気づかない政治家。
つまり、一介の市民運動家から脱皮できていない器の小さい政治家。
例えば、
(ア) 代表戦がスタートする前、思いつきと小手先の政治活動として中小企業現場視察に行ったり、市民との対話をしたりと、マスコミ受けとパフォーマンスのみに頭を使い、腰の据わったゆるぎない政策実行・提案が出来ていない。
(イ) これらが見透かされて円高が止まらない。本質的な問題解決策を模索できない。
3. 「政治と金」の裏返しでクリーンさを訴えるあまり、政治手法を矮小化している政治家。
具体的には、
(ア) 3人寄れば文殊の知恵でもあるが、同時に政治が必要になるのが現実である。全て奇麗事で済むなら政治は不要である。「理」は必要であるが「利」も絡んでくる。政治はそもそも泥臭いものである。野党なら言うだけなので泥を被る必要は無いが、政府与党になっても、依然として泥にまみれた覚悟ある政治が出来ていない。クリーンな姿を訴えるあまり、逆に純粋培養的な器の小ささを露呈している。(イ) ひ弱さを外交でも見透かされて、対中国レアメタル交渉や対米経済交渉で行き詰まっているにも拘らず、強かな交渉を指示できていない。
以上は菅直人の本質をあぶりだす一例であるが、はっきり言って昨年国民が託した変革の担い手としては小さすぎる。所詮野党の党首止まりである。
このような菅直人を、頭のいい、しかも太い精神を持ち合わせている前原氏や蓮舫氏が推挙する理由が分からない。もし小沢怖しで動いているならまちがいで、むしろ小沢氏の中に飛び込んでいって、どろどろと変えていくべきだ。今の国難に対処できるのは小沢一郎だろう。彼にはどくどくしさがあるが、それは見かけのクリーンさだけで生きてきたわけではないことの証しでもある。
国民も、自らの生活でどろどろとした局面を実際に経験しているであろうし、「利」で動いている己の姿も知っているであろう。
今の日本に必要な政治はクリーンだけでいいのか、しっかりと考えるべきだ。
2010年7月14日水曜日
参院選挙結果から浮き彫りになる3つの大罪
今回の選挙結果での比例区での得票率を一人区と全国総計で、民主・自民で比較すると3人の罪人が見えてくる。
罪状は日本の世界における地盤沈下を加速させる罪。
罪人その一: 公明党支持母体
(根拠) 政党支持率では民主に負けているか、あるいは勝っていても1%以下の差であったものがその差以上で自民が議席を獲得した一人区は青森、秋田、山形、栃木、群馬、鳥取、愛媛、長崎、熊本に上る。この差分は公明党支持母体からの票であろう。
これが無ければ、民主:自民=53:42であった。政局が混迷し、経済の混乱、外交の混乱、国民生活の混乱の元凶を作り出したのは公明党支持母体だ。
罪人その二: 菅首相、鳩山元首相の思いつき発言/重量感の無い説得力
(根拠) 2007年の時との比較で、民主比例支持率39.5 -> 31.6%、自民比例支持率28.1 ->24.1%と勝った勝ったと言っている自民でも支持率を下げているのに対し、みんなの13.6%アップに流れている。
政権党としての胆力と周到さが無いため、国民が器の大きさに不安を抱き、不満票が誇大妄想のみんなに退避した形であるが、それが歴史上の禍根になって見えてくるであろう。
罪人その三: 世論を正確に代弁していないマスコミ
(根拠) 大敗した民主であるが党派別支持率では30%を越え、1位だ。あの沖縄でさえ比例区得票率は22.5%で自民の17.6%を上回っている。それにも拘らず、勝手に政局の混乱を紙面にテレビに作り出している。
数字で見る限り、自民党は復調したとは言いがたく、下がっているとさえ言える。事実、体質改善はまったく進んでいない。実力もないのに、勝った気になって野党としての政局論理だけで動くだろうからますます日本の地位低下を引き起こす。
この馬鹿げた状況を作り出したのは公明党支持母体だ。
また、「みんな」が民主からの受け皿に形の上では成っているが、単なるフィーリングでの乗り換えで犯したツケは、国民自らが背負うしかないであろう。何故なら政局混迷しか「みんな」は作り出せないからだ。その証拠に渡辺が自民党に在籍中何をしてきたのか?官僚を使い切ったのか?制度改革をしてきたのか?出来ない言い訳ばかりして飛び出しただけではないか。
民主はどっしりと腰を落ち着け、言い訳でない説明で国民と対話し、地方に足を運び、世論をバックに政策実行をしていく体制に早くなるべき。混迷を引き起こす野党への厳しい国民目線を勝ち取るのがまず大切。連立だとか何かを言うのはあくまで従来の国会対策に過ぎない。そんな時代は終わった。勝負手の連発がこの危機を脱する鍵だ。
罪状は日本の世界における地盤沈下を加速させる罪。
罪人その一: 公明党支持母体
(根拠) 政党支持率では民主に負けているか、あるいは勝っていても1%以下の差であったものがその差以上で自民が議席を獲得した一人区は青森、秋田、山形、栃木、群馬、鳥取、愛媛、長崎、熊本に上る。この差分は公明党支持母体からの票であろう。
これが無ければ、民主:自民=53:42であった。政局が混迷し、経済の混乱、外交の混乱、国民生活の混乱の元凶を作り出したのは公明党支持母体だ。
罪人その二: 菅首相、鳩山元首相の思いつき発言/重量感の無い説得力
(根拠) 2007年の時との比較で、民主比例支持率39.5 -> 31.6%、自民比例支持率28.1 ->24.1%と勝った勝ったと言っている自民でも支持率を下げているのに対し、みんなの13.6%アップに流れている。
政権党としての胆力と周到さが無いため、国民が器の大きさに不安を抱き、不満票が誇大妄想のみんなに退避した形であるが、それが歴史上の禍根になって見えてくるであろう。
罪人その三: 世論を正確に代弁していないマスコミ
(根拠) 大敗した民主であるが党派別支持率では30%を越え、1位だ。あの沖縄でさえ比例区得票率は22.5%で自民の17.6%を上回っている。それにも拘らず、勝手に政局の混乱を紙面にテレビに作り出している。
数字で見る限り、自民党は復調したとは言いがたく、下がっているとさえ言える。事実、体質改善はまったく進んでいない。実力もないのに、勝った気になって野党としての政局論理だけで動くだろうからますます日本の地位低下を引き起こす。
この馬鹿げた状況を作り出したのは公明党支持母体だ。
また、「みんな」が民主からの受け皿に形の上では成っているが、単なるフィーリングでの乗り換えで犯したツケは、国民自らが背負うしかないであろう。何故なら政局混迷しか「みんな」は作り出せないからだ。その証拠に渡辺が自民党に在籍中何をしてきたのか?官僚を使い切ったのか?制度改革をしてきたのか?出来ない言い訳ばかりして飛び出しただけではないか。
民主はどっしりと腰を落ち着け、言い訳でない説明で国民と対話し、地方に足を運び、世論をバックに政策実行をしていく体制に早くなるべき。混迷を引き起こす野党への厳しい国民目線を勝ち取るのがまず大切。連立だとか何かを言うのはあくまで従来の国会対策に過ぎない。そんな時代は終わった。勝負手の連発がこの危機を脱する鍵だ。
2010年7月10日土曜日
マニフェスト議論は片〇落ち
今日のウェークアップぷらすで飯島某が民主党のマニフェストが実現出来ていていない云々の話をかなり自信を込めて主張していた。
しかし、よく考えてみるにだ、自民党時代は官僚に作らせたものを体裁を整えて出していたのだから、官僚がやろうとしていることなので達成率はもしかしたら高かったのかもしれない。
だけど社会はどうなった?世界との競争力はどうなった?
つまりだ、政策としてやる中味で、また何を持ってやったとするかの基準が問題なのだ。
民主党は崩れた社会を立て直す方針をマニフェストに掲げたのだろうが、掲げた目標は高いのだ。それに向かって行くのが政治ではないか?仮に今道半ばでも。
こんな当たり前の議論のルールが守られずに、不明確な土俵の議論が、一方的に流されるって、読売系メディアは公器なのか?それともオーナーの私物なのか?読売新聞の論説委員もいたのだからなおさらだ。
これは片〇落ちの議論ではないですか?社会の抱える問題への政策議論を単なる政局のワイドショーにしているマスコミの責任は非常に大きい。
野中広務氏の告白にある、機密費で世論操作としてマスコミに巨額の金を流したということであるが、マスコミはこれこそ「政治と金」の最も重たい問題であるのを認識できないのか。臭いものに蓋をしてワイドショーを展開する無責任。
国民は化かされてはいけない。
しかし、よく考えてみるにだ、自民党時代は官僚に作らせたものを体裁を整えて出していたのだから、官僚がやろうとしていることなので達成率はもしかしたら高かったのかもしれない。
だけど社会はどうなった?世界との競争力はどうなった?
つまりだ、政策としてやる中味で、また何を持ってやったとするかの基準が問題なのだ。
民主党は崩れた社会を立て直す方針をマニフェストに掲げたのだろうが、掲げた目標は高いのだ。それに向かって行くのが政治ではないか?仮に今道半ばでも。
こんな当たり前の議論のルールが守られずに、不明確な土俵の議論が、一方的に流されるって、読売系メディアは公器なのか?それともオーナーの私物なのか?読売新聞の論説委員もいたのだからなおさらだ。
これは片〇落ちの議論ではないですか?社会の抱える問題への政策議論を単なる政局のワイドショーにしているマスコミの責任は非常に大きい。
野中広務氏の告白にある、機密費で世論操作としてマスコミに巨額の金を流したということであるが、マスコミはこれこそ「政治と金」の最も重たい問題であるのを認識できないのか。臭いものに蓋をしてワイドショーを展開する無責任。
国民は化かされてはいけない。
2010年7月9日金曜日
参院選挙を目前にして
あと2日後に参院選が迫っている。この時間の流れの中で、立ち止まり静かに過去を振り返り、そして今の動きを見、未来に思いをはせる。
そして見えてくるのは、国民のドアホさと自民党の無思考さだ。これは1年前の衆院総選挙の時となんら変わっていない。
今の日本は土台の腐った家と同じだ。60年、とくにここ20年の失われた日本の20年を演出した自民党族議員と官僚が閉ざしてきた利権の巣窟のもと風通しが悪く、腐ったのだ。
どうします、シロアリに土台が食べられてボロボロになっていても住み続けますか?大改造ビフォー・アフターでしょ。この日本の立て直しは一旦壊して作り直す大変な作業。それを1年前に民主党に託したのではないですか?
ここで国民がブレたら、官僚復権、官僚と一部結託したマスコミの思う壺。
今の自民党の動きを見てみなさい。また公明党と組んで、票頼みをしている。これが原因で自民党が本質的に弱くなったのに、また麻薬に手を伸ばす。こんな自己再生能力のない政党に国民は騙されるのですか?覚醒剤禍から抜けられない芸能人のワイドショーを見て皆さんどう感じています?アホかといいません?
自民党は族議員構造そのものを変える手をこの1年間打ってきましたか?打っていないでしょう。ただ小泉2世の劇場の見世物興行をしているだけではないですか?
だから国民は馬鹿だといっているんです。無責任なワイドショーを演出するマスコミに踊らされているのに気が付かないのだから。
もう一度言います。ここで国民がブレたら、官僚復権、官僚と一部結託したマスコミの思う壺。
皆さんは中曽根元首相の「保守の遺言」を是非読んで欲しい。歴史と知恵が詰まっています。いまさらこんなことを書いても、もう時間が無い。無益とも言えるが、中曽根さんが「遺言」を書いているのに、まだ若い我々が手を拱いていたら申し訳ない、一心で書いています。何人かが読んでくれるのを期待して。
そして見えてくるのは、国民のドアホさと自民党の無思考さだ。これは1年前の衆院総選挙の時となんら変わっていない。
今の日本は土台の腐った家と同じだ。60年、とくにここ20年の失われた日本の20年を演出した自民党族議員と官僚が閉ざしてきた利権の巣窟のもと風通しが悪く、腐ったのだ。
どうします、シロアリに土台が食べられてボロボロになっていても住み続けますか?大改造ビフォー・アフターでしょ。この日本の立て直しは一旦壊して作り直す大変な作業。それを1年前に民主党に託したのではないですか?
ここで国民がブレたら、官僚復権、官僚と一部結託したマスコミの思う壺。
今の自民党の動きを見てみなさい。また公明党と組んで、票頼みをしている。これが原因で自民党が本質的に弱くなったのに、また麻薬に手を伸ばす。こんな自己再生能力のない政党に国民は騙されるのですか?覚醒剤禍から抜けられない芸能人のワイドショーを見て皆さんどう感じています?アホかといいません?
自民党は族議員構造そのものを変える手をこの1年間打ってきましたか?打っていないでしょう。ただ小泉2世の劇場の見世物興行をしているだけではないですか?
だから国民は馬鹿だといっているんです。無責任なワイドショーを演出するマスコミに踊らされているのに気が付かないのだから。
もう一度言います。ここで国民がブレたら、官僚復権、官僚と一部結託したマスコミの思う壺。
皆さんは中曽根元首相の「保守の遺言」を是非読んで欲しい。歴史と知恵が詰まっています。いまさらこんなことを書いても、もう時間が無い。無益とも言えるが、中曽根さんが「遺言」を書いているのに、まだ若い我々が手を拱いていたら申し訳ない、一心で書いています。何人かが読んでくれるのを期待して。
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